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桜ケ丘小「思い出集」桜ケ丘小「思い出集」

懐かしい「6年1組の思い出集」
この思い出集は、日高とし子さんが、保管されていたものです。 2013年11月の同窓会に、持参されたもの鈴木が預りスキャナーで読み込み猪崎まさ子さんと鈴木で、電子化しました。  この時代は、コピーが無く、ガリ版印刷のために読み取りにくい部分が多くあり、校正に長期間を要しました。  約57年前の小学生時代に、雪が積もったこと、修学旅行のこと、魚つり、などのいろいろな事が書かれていますので、昔話をお楽しみください。

1組 思い出集【新穂先生と男子】

新穂昇先生のことば
君達、ご卒業おめでとう。まず、こういおう、いよいよ、お別れの日が来てしまった。ここ一年間、思い出だけが先生の頭の中をかけめぐっている。 六年になって初めての日、君達の担当が発表されたね。その時、だれかが言った言葉を今でも覚えている。「たたきなんなー」と。 (先生がおこった?)  北郷小(ソフトの試合雨が降った。残念)立石へ海水浴(ミナを食べたっけ)、海岸へ魚つり(マアクニ海へザブン、心配)、修学旅行(トクイ、タカオのネボケ、平岡、像にのったな)、運動会(トロイカ、三人仲よくならんで)、試験のすんだ日(梅ヶ浜へ走っていった。試験のバカヤローと)、モルモット君(ハービー、ピースちゃんはどうなるだろう、君達、ご卒業おめでとう。  まず、こういおう、五年生がいるから)メシ食べた(家庭の時間、シオカラカッタ、誰かのおかず)、花だんも、植木ばちも、学校一になったね。

新穂昇先生のことば 2/2
全ては、君たちの努力だった。努力しない所には、何も残らない事を身をもって知ったね。それが大事なことなのだ。中学校に行ってからも、努力しない人には、誰もが加勢してくれない。がんばって最後まで、高校も就職も待っているじゃないか。  君たちと近ごろになって、仲良くなれて楽しい日が続ていたのに!! 。でも、川の流れが上から下に流れるように、自分達も人生の流れに乗ってきて、いかなねばならない。よき中学生になるためにも、小学校の六年の経験を生かそうじゃないか。  中学校に行っても母校、桜ヶ丘忘れずに、遊びに来てもらいたいものだ。そして、先生の所にも、そして、毎年1回は吾中、油中のみんなとあいたいものだね。誰かが責任をもって実行してください。 勉強も大事だが健康が第一にだ。それから友達を選ぶべきだ。あくゆうに誘われず、また、悪友作り出さないことも君達のつとめだ。義務かもしれん。   さようなら お元気で            新穂昇

「海に行った時の思い出」  重倉 政邦
重倉君 きょうは、くもり・・・・でも先生たちと さかなつりにいった 海は、はらかいたように あれていた。ぼくは、岩、岩をとんで おきでつった。 波があらいため、ぼくは、海に入った。 波にながされた。でも、 いっしょうけんめいに およいだ、 やっとのことでたすかった。あとから、先生がきて、「あぶなかったね」といった。 今でもいんしょうに、のこっている。

「六年間の思い出」   ▲黒田 哲
黒田君 今まで楽しいこと、悲しいことかがあった。悲しいことは、なかされた事、 楽しいことは、修学旅行です。 旅行で一番印象にのこっているのは、 熊本の熊本城と高崎山のさる、 別府のじごくめぐりです。ぼくたち三人は一年から六年まで、 組をはなれた事も、ありません。ぼくと、坂元君と、小玉君です。けれど、六年を卒業したら、ぼくたちは、わかれます。話し変って、 ぼくたちは、今中学校へ 進もうとしている。

 「思い出」     ★小玉 喜万
小玉 喜万 六年間いろいろなことが、あった。一年生のころともだちと、あそんだ。わるいこともした。さんかん日の時、おかあさんがきて 、いろいろぼくたちのことを、して下さった。
 二年生のころ、雪がふって、雪合戦もした。けんかもした。
もうすぐ中学校に。思いだすなあ。

「六年間の思い出」  ▲坂元 武志
坂元 武志 もうすぐ卒業だ、一年から六年まで、悲しいこと、楽しいことがいっぱいあった。一年のころ、二人の先生にならった。一人は女の先生で、倉永先生、もう一人は男の先生で、四宮先生、二人の先生は とてもやさしかった。友達では、とくに黒田君、小玉君の二人は、一年から六年まで、ずっといっしょだ。 二年は若居先生だ。この先生も、やさしかった。そのころ、松田としみいうすこしフトッタ男の子がいたが、三年の時、油津小学校になおった。その子は、勉強もできた、せも高く、野球もうまかった。

「一年生の思い出」  ★尾曲 誠悟
尾曲 誠悟 六年前の入学の日、この学校の校門をはいった。そして、教室にはいった。  ぼくの受持の先生は、倉永という、女の先生だった。その先生は、二学期の
なかばに、よそへ、行かれた。倉永先生に、かわって、四宮先生が受持ちになった。四宮先生は、やさしかったので、ぼくは好きだった。ぼくがじんぞうで入院した。先生は、童話をくださった。そのことがいつまでもわすれられない。

「一年生の思い出」  ▲児玉 幾雄
児玉 幾雄 あしたから、がつこうだという日、学校がどっちに、いったら、あるのか 田んぼの道のほうが、近いと、思って 田んぼのあぜ道を、とおって いったら、川があっても、はしが なかったので、近くをさがして みてもないのでまた、ひきかえした て、バスのとおる道をとおって いくと、おそくなっておくれて しまった。 くつをぬいで、あがった。

「六年間の思い出」  長山 継道
長山 継道 ぼくは、六年間勉強してきたが一ばん思い出になるのは、やはり、五年だ。
 ぼくは、なぜ、五年が、いいか、というと ぼくは、六年の修学旅行より遠い所に 旅行が、できたからである。 いえば、近き地方の、大阪や、奈良、京都、しが県などに、いけたからである。

「太陽」       長山 継道
長山 継道 太陽を、見ていると急に、明るく、なったような、気がする。
 太陽の、ことを、思いだせば、インドの ことを思い出す。
 ぼくはインドに行きたいと思った。でもぼくは、あつくも、さむくもない
所に、行きたい。

「中学校へ」     野間田 勇市
野間田 勇市 ぼくたちは、今卒業をま近かにしている。中学校へ、希望を、もってこの学校を卒業していくのだ!その時こそ、新しい、風がふいてくるのだ。そして、ぼくたちは、新しい風といっしょに中学校へ進むのだ。
 中学校で、英語、数学、社会、科学などと、いろいろ、まなぶのだ。
希望、もえて!未来の希望を、中心に、しっかりすすんで、行こう。
    
「中学校へ」     ▲徳井 義博
徳井 義博 今、ぼくたちは、中学校へ中学校へと進む一年から六年まで先生たちにおせわになった。また、中学校でも中学校の先生に三年間おせわになるのだ。
 ぼくたちはあと二週間くらいで卒業だ。まだ、ぼくたちは桜ヶ丘小学校に、づっといたいのだ。
ときどき中学校にいきたいと思う時もある。

 「思い出」     松山 良一
松山 良一  この六年間、悲しいことや楽しいことがたくさんありました。一年の時、宿題をわすれてろうかにたたされたこと、二年は参観日の時、雪がふって雪合戦をしたこと。それに、三年、四年、五年そして六年の思い出は、修学旅行にいって、高崎山のおさる見学をしました。
 ほんとうに楽しいことがたくさんありました。そして、今中学校に進んでいくのだ。

「阿蘇山」      ▲黒木 幸司
黒木 幸司  阿蘇山に登った。ふん火口は、けむりをもくもくとだしている。 大きいふん火口、おそろしいふん火口、阿蘇山をおりる時は、きれいだった。ながめもよかった。牛が何頭もいた、茶色い牛が、たくさんいた。
 阿蘇山から町を、見たらまっちばこのようだった。美しかった阿蘇山、きれいだった阿蘇山ぼくはもう一ど行って見たいと思う。

「六年間の思い出」   松本 泰
松本 泰  この六年間、悲しいことや楽しいことがたくさん、あった。 一年の時、のこされてそうじをしたこと。二年の時、先生のかたをたたいたこと。それから、まだまだあった。三年、四年、五年・・・・こうして???してすごしてきた。
 六年の一番の思い出は、修学旅行だった。高崎山のサル、別府のじごくめぐり、阿蘇山からのけしきなどとてもめずらしかった。
そして、未来にゆめをいだいて中学校に進んでいくのだ。
「卒業」       平岡 俊信
平岡 俊信  ぼくたちは、もうすぐ卒業だ。ぼくは、うれしい。だけど今まで、いろんなことがあった。
 それはけんかをしたりないたり、あばれて先生にしかられた時さえあったが
ぼくは、今、青空のように、はてなくひろがるような、心を作り未来に大きなゆめをいだき中学校に進んでいくのだ。

「短かった六年間」  ▲鎌田 裕
鎌田 裕  短かった六年間、あそび学んだ六年間、たのしかった六年間、その六年間が終り、新しい道がまっている。
 お母さんに手をひいてもらって、校門をとおったぼく、今のぼく、卒業証書をうけろぼくがこのぼく、天国のぼく、そのぼくがずっといきていくでしょう

「六年間の思い出」  ★海老原 昇
海老原 昇  ぼくは、ようち園におりませんでした。さくらがさくころ一年生になりました。 三年生になると、給食がはじまりました。その時は、とてもうれしくてたまりませんでした。四年になるとあばれて、しかられたりしました。
そうして五年生をすぎ六年生なった。もうすぐ卒業だ。油津と吾田にわかれなければならない。
「六年の思い出」 永田 茂
永田 茂  最初に思い出にのこるのは修学りょ行に行った時、立石に行った時、そのほ
かかずかずの思い出があった。
時は、流れる。ぼくたちは、今、中学校へ、進もうとしている。六年間べんきょうしてきた道、雨の日も、風の日もかよいはげんだ道、えんぴつをにぎった手、中学校に行っても勉強にはげもう。

 「思い出」     関屋 邦洋
関屋 邦洋 卒業だ!
 いざ卒業となるとうれしいような、さびしいような気がする。入学したのが、このあいだのようなだ。六年間のあいだおもしろかった旅行や運動会などの思い出があった。

「さかなつりの思い出」 ▲福田 正英
福田 正英 きょうは天気が良かったので、さかなつりに行こうと思ったのでも行ったら海はあまりあれていなかったので、さかながたくさんくいりました。
    
「さざえとり」    園田 重明
園田 重明  ななつばえにうちの人と、さざえとりにいきました。船で40分ぐらいかかりました。ついた時、重倉君がはじめにさざえをとりました。ぼくたちもとりました。昼がなったのでごはんを食べました。
 それから、またとりにいったが、さざえがとれなくなったので、ようふくをきがえて船にのりました。うちの人がさかなとりにいってくるといったので、近くであそんでいました。さかなとりには大島のほうに行っていました。うちの人が返ってきましたのでうちの人といっしょに かえりました。

「六年間の思い出」  阿部 祝士
阿部 祝士  五年から六年にはいった時、六年はさいごの年と思った時、夏休み先生とみんなと立石に行った時、けんかをした時、先生からたたかれた時、海におよぎに行った時、修学旅行に行った時、風田の浜へあそびに行った時、やまにあそびに行った時、正月一日じゅうテレビを見ていた時、みんな今は思い出となっている。
 もうすぐ卒業する。中学と行う新しい道へ、今進もうとしている
   
「パルプ見学」    河野 信男
河野 信男  高くそびえた エントツから黒いけむりをだして、がーがーと大きな音をだしているパルプ工場の中に、はいるとさすがにすごい。
 作った和紙は、外国に輸出するそうだ。もし、ぼくが、パルプ工場の重役になれたなあと思った。
「卒業」       山元 敏嗣
山元 敏嗣  ぼくたちはもうすぐ卒業だ。六年間友と友に学んできた、この桜ヶ丘小学校をはなれて中学校に進んでいくのだ。
 ぼくたちの学校に母校がないために油津と吾田に分かれても、いつまでもいつまでもがんばろう。六年間の友情を失わないように、そして未来に大きなゆめをいだいて、中学校に進んでいくのだ。

「思い出」      鈴木 正寛
鈴木 正寛  僕たちは、もうすぐ卒業だ。六年生の時の修学旅行で、別府と熊本に行きました。別府の高崎山に行った時、店でせんべいをかってかえろうとした時、さるが、ぼくに、とびかかっので、せんべいをぽんとなげました。五十円損をしました。

「六年生の思い出」  金岡 栄三
金岡 栄三  一年から六年までいちばんの思い出深いことは、六年だ、ぼくは、運動会で、赤軍の応援団長に選ばれた。はずかしかったが、優勝旗をもって入場するのは、気持ちのいいもんだ。とうとう赤軍が優勝して、優勝旗を もらった。ほんとうにうれしかった。
 もう一つは、修学旅行、別府、阿蘇、熊本は、ほんとうに、すばらしかった。もう一度、いけたらいいなあーといつも思う。

「魚つり」      金丸 和幸
金丸 和幸  朝十時ごろ友だちと魚つりに行った。べんとうをもっていかなかったので、魚を食べた。
 それから、また、つったがつれなかったので、四時半ごろかえった。

「六年間の思い出」   日高 隆雄
日高 隆雄  もうすぐ卒業だ。六年までの六年間悲しいことや楽しい事がいっぱいあった。一年の時、先生におこられた事、二年の時には、ターザンのまねをした事。
三年の時、川でおぼれて先生に助けてもらったこと。四年、五年年月も早いもんだ。六年の時、人から、たたかれてかえったこと。そんなことが三度あった。
 いつか重倉くんが助けてくれた事、このことは一生わすれないだろう。六年のいちばんの思い出は旅行。ぼくは、旅行にはいかれないと思っていた。その時、先生が旅行費やかばんをかりて 下さった。ぼくは中学生になってもおとなになっても、新穂先生のことは忘れないと思う

                            

1組 思い出集【女子】

「体育の時」      熊村 悦子
熊村 悦子  体育は、とてもすきだがとびばこがだめで、いちばんすきなのは、ソフト 鉄ぼうだ。体育時間になるとうれしい。早く体育の時間になるといいなと思う。体育の時間でない時はがっかりする。
「つゆ」         河野 幸子
河野 幸子 ま た、雨また、雨ああめと、ためいきばかり。田んぼでは、カエルが大よろこび。 お百姓も大よろこび。でも、私達はいやだなつゆっていうじきがなければいいんだがなあ。でもつゆというじきがなれれば米はできないもの。家の中にとじこもっていなければならないほんとうにあきあきしちゃうな。

「体育の時』      頼 生代
頼 生代  草っばらにねころんでじっと空をみているとくもが、ふわりふわりとうかんで いる。その雲をじっと見ているとだんだん、お菓子のような形になってくる
雲、雲はいいなあー 遠い遠い北の国までどんどんいけるから雲、雲はほんとうにいいなあー

「卒業」        猪崎 まさ子
猪崎 まさ子  いよいよ私たちは卒業だ。今までは上級生だったが中学校になる。中学校へ行ったら下級生になる
 卒業するのはさびしい。私たちは人数が少ない上に二組に別れなければならない。 卒業するのはうれしいようなさびしいような気がする。
中学校へ行ったら、うんとうんとがんばる。
   
「校長先生の話」   仁田脇 伸子
仁田脇 伸子  私は校長先生の、おっしゃったことを今でもおぼえている。桜ケ丘公民館で私たちのために話してくれた。その時心の中でつぶやいた。中学生になったら勉強してかあさんとうさんを喜ばそうと思った。まだあの時のことはわすれません。

「二年生の思い出」   赤井 としえ
赤井 としえ  二月三日きょうは節分です。先生はみんなにおにっていますかとおっしゃった。 みんなはしらなかった。先生が節分とは「むかし村の人たちがまめをたいて村をあらすおにになげたらそのおにはこなかったということで二月三日に節分をするのですよ」とおっしゃた。そこできょうはまめをまいておにをおいだすのです。
 みんなは、おにになって先生はまめをまく人です。みんなは、おにになってまめをひっしにひろった。 あのときが一ばんたのしかったとおもいます。
  先生ありがとう
「一年生の思い出」1/2   日高 ルミ
日高 ルミ 一年の時倉永という女の先生だった倉永先生はやさしかったけどきびしい所もあった。それは私が算数のじゅぎょう中計算用のおはじきをなくしてさがしていたらとてもおこられてしまった。私はその時ほんとうにかなしくてなきべそをかく所だった。
でも私は倉永先生がすきだった。二学期になってから倉永先生は神戸におよめ
に行かれることなって私たち一人一人に手紙やノートなどをくださった。いよいよお別れという時私たちはバスのていりゅう所までみおくりに行った。 その時私たちといっしょに来てくださった二組の崎村先生があとから「みんななくと思ったのに、ニコニコ元気にわらってとてもよかった」といわれたのをなぜかおぼえている。
 倉永先生が行かれてしばらくたってから四宮という男の先生がこられた。四宮先生はとてもやさしくておもしろいお話をいつもしてくださった。
 きたある時私たち三組の女子は二つに分かれてけんかをした。その時 向うたいしょうは杉山らんこさんだった でもその杉山らんこさんも四年の時、くしまにてん校した。今考えてみるとなぜあの時あんなにむちゅうになってけんかしたのかわからない。いっしょうけんめいけんするなんて今ではばかばかしい。それだけ私は大きくなったのだろう。
「一年生の思い出」   徳井 美恵子
徳井 美恵子  一年生の時受け持ちの先生は倉永という女の先生だった。とてもやさしい先生でいつも国鉄の所の四つかどまで、毎日見送って下さった。いつもの帰り男の子が私のかばんをみて「わぁいわぁいおうむがうたをうたってるが」とはやした そしたら倉永先生が私のなきそうな顔をみてその男の子に?んだのは男の子がボールをなげてるいるがとすけだちして下さった。
 あの時先生の顔をじっーと見ていたらしぜんとなみだが出てきてしょうがなっかた。なぜあの時、ないたのかが自分でもよく思い出せない
ほんとうにやさしい先生だった。

「卒業」         日高 トシ子
 私たちは、もうすぐ中学校だ、短かった六年間、長かった六年間、いつのまにかすぎさった六年間。その中にはいろいろなことがあった。
楽しかったこと、かなしかったこと、うれしいこと、今おぼえば楽しかったことばかり、もうすぐ中学校だ
いっしょうけんめいにがんばろ。
「ハと口さようなら」   戸田 順子
戸田 順子 長かった六年間
短かった六年間
みんなと楽しく遊んだ六年間、今、卒業しようとしている

「思い出」        藤原 すま子
藤原 すま子  まだ、小さくてあまえんぼうだった私がとうとう卒業できるんだ。今こうして、目をつぶって思い出すと一年のころのことがうかんでくる。
 一年生のころは崎村先生におそわった。あの先生は太ったやさしい先生だった。
 いつもにこにこして私たちと遊んだり歌ったりしてくださった。また時には、先生からおこられるようなこともしばしばあった。あれから六年たった。もうすぐ卒業式がせまってくる。

「一年生の思い出」    ★甲斐 三希代
甲斐 三希代  一年の時は崎村先生が私たちのうけもちだった。先生が「けいこ道具の中の時計をだしなさい」と言われたので私はすぐおけいこ道具のふたを開いた。あ、はいってないどうしょう。」と思ったとたん先生が「わすれた人は前に出ってきなさい」といわれたので私は前に出た。わすれた人は順々に頭をコツンコツンとたたかれた。私は一番さいごにコツンとたたかれた。一年生の思い出はこのことがいちばん頭にのってるいる。
「入学式」        ▲横山 悦子
横山 悦子  私はようちえんの時は油津で、一年生のころは、よわらでした。入学式の時、私はおとうさんと一緒によわら小学校へ行った。こう堂にはいって校長先生のお話などを聞いて、教室にはいっていった。その時先生がいらっしゃって「自分の名前をさがしていたら、私の名前は、はってなかった。 どうしてだろうと思っていたら私は転校して来たのではってないとわかった。
 みんなは、すわっていて、自分だけだっていたので悲しくなってないてしまった その時先生がいらっしゃって「どうして泣いているの」と聞かれて、私は自分の名前のはってないことを話したら、もうもうなかなくてもいいですよ、はってあげますよとおっしゃってマジックで名前をかいて、いちばんうしりにはって下さった。
 学校の帰り道、おとうさんが「いい先生になったね」とおっしゃった
あの時のことが、私には、はっきりと頭に残っている。

「思い出」        野崎 和子
野崎 和子  もうすぐ卒業だ。 目をつぶって、静かに六年間をふりかえって見る。楽しかったこと、うれしかったこと、つぎつぎと目にうかぶ。
 この六年間でできなかったことは、中学校でうんとがんばろう

「卒業」        ★峯下 岸枝
峯下 岸枝  六年を卒業して中学校へあがろうとしている中学校へ行ったら、勉強もむづかしくなる。友達もできる。
 小学校の間、6年間いろいろな思い出があった。ないた、わらったり、そんなことがあったのにもう六年を卒業しようとしている。
「進む道」        ★倉爪 百合
倉爪 百合  もう、六年間もすぎて、私たちは卒業しようとしている。「楽しかった修学旅行、遠足そしてみんなとあそんだこと、もう一度修学旅に行って見たいな。」でも、すぐそこに、中学校へ進む道がまっている。 この道を通って大きい未来に進んで行こう

「転校」         ▲里  絹代
里  絹代 四年の時、私は転校をしてきた。
 学校にいた時、私のむねはドキドキしていておちつかなかった。校長室にはいり、組や先生が きまった。先生は、若居先生だった。四年の教室にはいり、先生が私の名前などしょうかいしてくだ私は、はずかしくなってなにもいえなかった。すこしたてみんなとも友だちになった。
 学校が終り、家に帰った。帰っても友だちがいなくて一人で遊ばなければならなかった。そのある日、学校にいって教室にはいった。みんないい人ばかり、だんだなれてやっとさびしいという気持ちがなくなった。でも時どき男子の人から悪口をいわれる時はどうしてなおってきたとやどかいと思った。日ょうになると大堂津の人たちがきてくれるので楽しくまっていた。友だちと話をしたり して日ょうを過ごした。近所の子たちとも友だちになり今では、組み人たちとも仲よくなった。みんなに、なれた時のうれしさは、わすれられない。

「六年間の思い出」   谷口 孝子  
谷口 孝子 たのしかった六年間、苦しかった六年間、私たちはみんなと力を合わせ六年間結びあってきた友情の手、私たちはのびのびと心を広く希望をもって、わたしたちは、いま大きなゆめをいだいて、中学校に進もうとしている。進もうとしている。

加茂川 幸子
「マラソン」      加茂川 幸子
加茂川 幸子 楽しかった六年間、短かった六年間、長かった六年間
今考えてみると思い出はえんそく、修学旅行それだけの思い出を残して今中学校へ進もうとしている。
 
「修学旅行」      ★谷口 美鳥
谷口 美鳥 六年の一番の思い出、修学旅行たのしかったあの時、すばらしかったあのけしき、まぶたをとじるとあのゆう大なけしきがうかんでくる。
 別府の高崎山のさる、東天地のすりらー きみの悪かったいけじごく。
あそ山のロープウェー、いまでも思っているあそ山へいきたいと。

「らくがき黒板」    幾島 ちえ
幾島 ちえ  先生が六年の一学期にらくがき黒板という黒板をかべにかけられた。すると先生がなんでもいいからこの黒板に、かいてくださいとおっしゃった。でも始めは、だれもかかなかった。
 らくがき黒板にだれも書いていない時は先生がないている絵をかかれた。二学期ごろからみんな少しづつかいた。でも まだ、空いている時が多かった。
 三学期には先生がいいわすれなど、きずいた人がかくようになった。
それは先生にとってたいへんうれしいこととおっしゃった。
今までのうちになんでも書いておけば、よかったと思った。

「六年間」        野崎 マキ子
野崎 マキ子  六年間と一口に言ってもいろいろなことがあった。一年生のころ学校に初めて来た時、なにもかもめずらしいことばかりだった。
 それから四年に飛んで、はじめてこの学校にきた時ははずかしかったけど、すぐ友だちも出来て、いい学校だと思った。五年のはじめ園田さんが、なおったのは悲しかった。
 さあいよいよ六年だ、たのしかった修学旅行、別府じごく、あそ、熊本、今でも次々思いでて来る。楽しかった六年間、いろいろな思い出をのこして卒業していく私たち中学校にいっても六年間学びとって来たことを手本にしてりっぱな中学生になりましよう。

「卒業」        河田 登喜恵
河田 登喜恵  私たちはもうすぐ卒業だ。みじかかった六年間だったなあーと思った。いろいろな思い出をのこして、私は卒業しようとしている。私たちは卒業して中学校にいっても勉強にはげみ仲よくすくすくのびていこう。

6年1組  編集委員
みなさん、さようなら、 いつまでも、 おしあわせに!
さびしいとき、 かなしいとき、 この文集を思い出して、読みましょう。
さょうなら
 
《編集委員
・重倉政邦   ・松本泰    ・山元敏嗣
・平岡俊信   ・野間田勇市  ・金岡栄三

・日高ルミ   ・野崎和子   ・甲斐三希代
・谷口みどり  ・藤原すま子